わたし、BL声優になりました
「ほらね。ボクの言った通りじゃないか」
「…………本当ですか?」
──翌日の金曜日。
結局、緑川の自宅で朝を迎えたゆらぎは、昨日、彼から受け取った服に渋々ながら着替えた。
女性物の服に袖を通したのは、事務所に所属した日以来のことで、なんだか恥ずかしさが込み上げる。
「うん。似合ってるよ。念のため、ウィッグは着けてもらうけど。すぐに気づかれたら楽しみも減っちゃうし。黒瀬にメール送った?」
「送りましたけど……」
緑川の指示通りに急用が出来たと、黒瀬に嘘のメールを送った。
しかし、返って来たメールは『了解』の二文字だけで、無機質な文面から彼の感情は窺えない。
先輩の誘いを当日に断ったのだから、良い印象がないのも当然かもしれない。
実際は変装をしたゆらぎが、緑川と共に現地に向かうわけだが。
「よし、これで準備はオーケーかな。それじゃ現地に向かおうか」
「どこに行くんですか?」
「それは着いてからのお楽しみ」
ゆらぎの問いに、緑川は車の鍵を手に、悪戯めいた笑みを浮かべた──。
黒瀬より一足早く目的地に到着した二人は、すでに人で溢れているテーマパークに辟易《へきえき》としていた。
「平日の昼でも、こんなに混んでるんですね」
「夢の国に平日の昼も夜も関係ないんじゃない? それより、手、出して」
ゆらぎは言われるがままに手を差し出すと、緑川は何の躊躇いもなく、手を繋いだ。
人混みの中で、はぐれないように。という緑川の配慮なのだろうが、彼に触れられた瞬間、少しだけ体温が上昇するのを感じた。
彼があまりにも自然に振る舞うため、手を振り払うことも出来なかった。
端から見れば、付き合いたての恋人同士に見えなくもない。
何せ、ゆらぎは今、男装姿ではなく、女性本来の姿をしているのだから……。