わたし、BL声優になりました
 自販機の横に、ゴミ箱が設置されていることをすっかり忘れていた。

 ゆらぎは緑川に『恋する甘い天然水』を無理やり押し付けて、距離を置いた。

「少しは意識してくれた?」

「何言ってるんですか……。誰かに見られでもしたら、どうするつもりです?」

「別にいいんじゃない? あ、緑川ウグイスって男もイケるんだー、くらいにしか思われないよ」

 そういえば、私。男装してる身だってことを、すっかり失念していた。

 いや、そうではなくて。

 ウグイス先輩が同性も平気だという噂が世間に流れでもしたら、それはそれで、色々と大変なことになるのでは。

 だが、当の本人は些末なことだと、気にも留めていない。

「あ、ちなみに。黒瀬とシライさんが会う日決まったから。夜なら問題無いよね」

「勝手に話を進めないでください」

 何の了承も無く、黒瀬と会う約束を取り付けられ、ゆらぎは焦燥する。

「日時は三日後の午後八時。場所は港区のレストラン」

 続く緑川の言葉に、ゆらぎは目を見張る。

 ……三日後!?

「え、ちょっと待ってください。三日後って、心の準備が……」

「大丈夫でしょ。相手は黒瀬なんだから」

 いや、だから。そういう問題じゃない。

 言い訳を……。黒瀬先輩に会ったとして、正体を知られた後の対策を、まだ何一つ考えていない。猶予が余りにも短すぎる。

「結果なんて、なるようにしかならないよ」

「他人事だから、そう言えるんです」

「じゃあ、収録が終わったらボクの家に直行して。衣装は準備してあげるから」

「……あの、人の話聞いてますか。ウグイス先輩」

 だが、その問いには答えず、緑川は休憩室を立ち去る。残されたゆらぎは、呆然と立ち尽くすしかなかった。

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