御曹司は偽婚約者を独占したい
「今更なんですけど、やっぱり私には、あなたのフィアンセを演じることは難しいです」
そう言って、今日買ってもらったものをすべて、彼の前に突き出した。
戸惑う彼の腕にショッパーバッグをかけると、一度だけ深々と頭を下げてから顔を上げる。
「本当に……本当に、申し訳ありません。今日買っていただいたものは、手間になってしまうかもしれませんが、すべて返品してください。フィアンセの件も……誰か、別の女性にお願いしてください。私以上に相応しい方が、あなたの周りには、たくさんいるはずだから」
自分で言っておいて、目には涙が滲んだ。
それでも拳を強く握りしめ、精一杯の笑顔を浮かべて、彼を真っすぐに見上げる。
「お役に立てなくて、本当にすみません。それと夢のような時間を、本当にありがとうございました。近衛さんさえ嫌でなければ、またパレットにいらしてください。いつも通りの一杯を用意して、お待ちしております」
そこまで言った私は、踵を返して逃げるようにその場から立ち去った。
近衛さんはそんな私の様子を終始変わらぬ表情で見つめていたけれど、きっと内心は、腹が立って仕方がないだろう。
目の前で点滅する歩行者信号。
駆け足で横断歩道を渡ると、私は駅までの道を急いだ。
──結局、彼に迷惑をかけることしかできなかった。
本当に、最低だ。
こんなことになるなら最初から、偽のフィアンセなんて引き受けるべきではなかった。