御曹司は偽婚約者を独占したい
 

「興味があるんだ。美咲が、どうしてあの店で働いているのか」

「あ……」


けれど、また私の考えを見透かしたかのように言葉を続けた彼は、私の手に収まるカップを取り上げると、自身のカップの隣に置いた。

途端に手持ち無沙汰になった私は顔を上げるしかなくなって、再び近衛さんの綺麗な瞳に捕まってしまう。


「聞かせて」


──ズルい。

コーヒーに溶ける砂糖みたいに甘い声で囁かれ、喉の奥が焼けたように熱くなった。

言葉は優しいのに、酷く艶のある声は絶対的で、答えないという選択肢を私から奪ってしまう。


「……小さい頃からの、夢だったんです」

「夢?」

「はい。私、実家が小さな喫茶店をやっていて、父はそこのバリスタで……。それで昔から、よく父の店に顔を出しては、常連さんに構ってもらったり、接客の真似事をしていたんです」


結局、開き直って答えるしかなかった。

思い出すのは子供の頃の、無邪気な記憶だ。

──町の小さな喫茶店。

所謂、昭和レトロな雰囲気のお店は決して繁盛していたわけではないけれど、商店街の人たちや、馴染みのお客様たちからは〝溜まり場〟として、長い間愛されていた。

 
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