御曹司は偽婚約者を独占したい
「父の喫茶店は、父の夢です。私の夢ではありません。そこで父に頼ってしまったら、私は父のようなバリスタには、きっと一生なれないような気がしたんです」
キッパリと言い切ったあと、再び彼を見上げて笑った。
父が築いたあの場所は、父が叶えた父の夢だ。
そこを私が譲り受けても、それは父の夢をただ継いだだけになってしまう。
「そもそも、私にはまだ父の店を継げるほどの力も知識もありません。父だってそれはよくわかっているはずですし、私も今の自分には、あの場所を継いでも守るだけの力がないこともわかっています」
情けないけれど、それが事実だ。
私の淹れるコーヒーは、まだまだ父やパレットのマスターが淹れるコーヒーには程遠い。
だからこそ、今は学べるだけ学んで力をつけて、夢を叶えるための自信をつける準備期間だと思っている。
「何年、何十年かかるかなんてわからないけれど。私は自分が納得行くまで、自分の夢を追いかけたいんです」
〝美味しい〟〝ごちそうさま〟〝ありがとう〟
コーヒーを淹れ、もらった言葉のすべてが私の宝物だ。
夢の終わりがどこにあるのかなんてわからないけれど、でもきっと……自分が納得行くまで頑張ることができたなら、きっと後悔はしないはずだから。