御曹司は偽婚約者を独占したい
「あっちは業務用だ。美咲だって、業務用とプライベート、使い分けるだろう?」
「わ、私は、そこまでは……」
「してる、だろ? 現に、髪を下ろしている君を見るのは初めてだけど、いつも以上に綺麗だ。思わず、こんなふうに触れたくなる」
「あ……っ」
思わず唇から甘い声が漏れた。
顕になった耳を、彼の指先がくすぐったのだ。
「いいな。もっと、鳴かせたくなる」
「な……っ。か、からかわないでください……っ」
「別に、からかってない。俺は仕事以外では、思ってもないことは言わない主義だ」
そう言うと、近衛さんは私の髪に指を通した。
ただ、髪を梳いているだけなのに、身体の芯が甘く震えて、目には生理的な涙が滲んでしまう。
「こ、近衛さん……っ」
「確か、以前付き合っていた男に、つまらない女だと言われたことを気にしていたな。だけど美咲は、つまらなくなんかない。それどころか、俺はどこまでも君に興味をそそられる。……つい、こんなふうに、離せなくなるほどに」
そう言うと、近衛さんは私の髪にキスをした。
……ああ、ダメだ。
こんなことを言われて、こんなことをされたら勘違いしてしまいそうになる。
彼は女性の扱いに慣れているから、彼にとったら、こんなことに特別な意味もないのだろう。
でも……私は違う。
私は、彼が初めてお店に来たときから、彼に憧れていた。
その憧れが、好きという気持ちなのかと聞かれたら、明確には答えられない。
けれど不思議と彼からは目が離せなくて、ずっと、素敵な人だと思っていたんだ。