御曹司は偽婚約者を独占したい
 

「や……っ、ダ、ダメ……っ」

「うん? そんな可愛い声で抵抗されても応えられないな」

「ん……、あ……っ、近衛さ、」

「どうせなら、最初からスラックスなんて履かずに、シャツ一枚だけでも良かったのに」

「そうすれば、脱がせるのも楽だった──」なんて。

そんなことを耳元で囁いた彼は私を持ち上げると、キッチンのワークトップに座らせた。

そうして改めて向かい合わせになると、魅惑的に笑ってみせる。

まるで、魅惑的と呼ばれる、モカ・マタリのように──。

彼と視線の高さが同じになって、まるで誘われるように、私は目の前にある彼のシャツを掴んでしまった。


「抵抗してもいいけど、隣にあるコーヒーが零れるから気をつけて」


彼の言葉の通り、私のすぐ横には彼が先程置いたコーヒーカップが二つ、並んでいる。


「君が愛するコーヒーだ。丁重に扱わないとな」


言いながら、彼が面白そうに喉を鳴らした。

──本当に、ズルい。

私に抵抗しなくてもいい、言い訳のできる逃げ道を用意して──近衛さんは、私のことを誘惑している。

抵抗したら、弾みで大切なコーヒーが零れてしまうかもしれない。

だから私は、抵抗しなかった。

そう、自分の甘い言葉に乗ってしまえと、彼は私を誘っているんだ。

 
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