御曹司は偽婚約者を独占したい
「美咲は昨日、俺のフィアンセになることを躊躇していただろう? だったらいっそのこと、お互いのすべてを見せあって、本物になればいい」
本物に……それは、あくまで偽者であるということが前提だと、言っているようにも聞こえた。
そのことにチクリと胸を痛めている自分と、「やっぱりね」なんて、皮肉屋に笑ってしまう自分がいる。
「近衛さんは……どうして、偽者のフィアンセが必要なんですか?」
甘い熱に浮かされながら訪ねると、近衛さんの瞳が私を映して静かに光る。
「以前から、湊──ルーナの社長の父親に会うたびに、見合いを勧められて迷惑していたんだ。それが上司である社長が結婚したことでヒートアップしてきた。そのほかにも数人、余計な世話を焼こうとする人間がいてな。いい加減、断るのも面倒になってきたから、今度のパーティーはいい機会だと思ったんだ」
「そのパーティーは、再来週の土曜日だ」と、続けた近衛さんは、口角を上げて笑った。
私に偽者のフィアンセを頼んだのは、そういう事情があってのことだったんだ。
再来週の土曜日。
偶然にもその日は、今日シフトに出た分の振替休を貰った日で、マスターにもお休みの許可をもらう必要もなさそうだった。