夢物語
 「ち、ちょっと……!」


 一瞬事態が呑み込めず、呆然としてそのままキスを受け入れていたものの。


 少し時間が経って考えると、これはまずい状況。


 「……誰もいませんよ。第一、一緒に住んでるわけじゃないですし」


 私がちらっと、奥にある居間に目線を動かしたのを察したらしい。


 「だから冴香さんは、何も心配しないでいいんですよ」


 再度笑みを浮かべて、捕らえて離さないかのように私の体を強く抱きしめた。


 これは……夢?


 第一こんな展開、あるはずがない。


 八歳も年下の男が、私などとこんなこと……。


 きっと私は夢を見てるんだと思いつつも、もしも夢ならばもう少しだけこうしていたいと願う自分がいた。


 遠い昔に忘れ去っていた何かを思い出させるような、甘いぬくもり……。


 「ね、このまま一線越えちゃいません?」


 甘い夢を切り裂くような一言。


 ふざけているだけなのかとも思ったけど、甘いささやきが耳でかき混ぜられ、その先へと進みそうな予感が降り注ぐ。


 壁に押し付けられた体は……。


 「や、やめて!」


 さすがにこれ以上は。


 必死でその手を振りほどいた。
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