この溺愛にはワケがある!?

ある夫婦の愛の形

楽しそうに美織を見つめていた小夏は、やがて何かを思い出したように小さく『あっ』と呟いた。

「え?……あの、どうかしましたか?」

美織の問いかけに小夏はスッキリとした微笑みを返し、

「ふふっ、まだもう一つ問題が残っていたと思って」

と肩をすくめた。
あと、問題が残っているとすれば。
……それは、行政と小夏、二人のことだろう。
拗れた夫婦の関係を修復しなければ、安心して結納に向かえそうにない。
そんな美織の心中を察して小夏は頼もしく言った。

「大丈夫。わたくしに任せておいて」

キリッとしたその表情には迷いも何もない。
どこか吹っ切れた小夏の笑顔に、美織も安堵の笑顔を見せた。
それから小夏は持っていた日記を美織に返し、スッと立ち上がる。
美織もそれに倣い、二人は共に居間を出た。

玄関脇では心配でたまらない隆政が腕時計とにらめっこを繰り返している。
一分がとても長い。
もう三十分くらい経ったか?と思い時計を見ても、長針は少しも進んでいなかった。
相変わらず離れは静まり返り、中の様子はちっともわからない。
そんな静けさは隆政の不安を一層煽った。
自分の見ていないところで、美織が酷いことを言われ泣いていたりしたら……。
そう思うといてもたってもいられず、隆政はついにドアノブに手をかけた。
ーーちょうどその時。
笑顔で出てきた二人と玄関前で鉢合わせしてしまったのだ。

「あら?隆政さん」

晴れやかな笑顔の小夏に、隆政は一瞬呆気にとられ言葉を失くした。
だが、すぐに美織の無事を確かめると大きな手で頭を撫でる。

「お疲れ様!ありがとな」

「ふふっ、疲れてなんかないわよ。お話してただけだから」

そんな二人を見て小夏は目を疑った。
いや、実際は二人ではなく隆政を見て驚いたのだ。
小夏は隆政の親代わりである。
その子供ともいえる隆政が、事故のせいか人をちゃんと愛せないことに心を痛めていた。
藤堂から彼の心無い仕打ちを聞くたびに、自分の育て方が悪かったのかと考えたりもした。
だが、この変わり方はどうだろう。
心配で堪らないという顔をして、愛しそうに微笑む。
しかも労って礼を言うなど、以前の隆政からは想像も出来ない。

「婆さん??どうかしたのか?」

唖然とする小夏に隆政は不思議そうに問い掛けた。

「い、いいえ。何でもないわよ?」

何でもなくはない。
が、小夏はそれを改めて聞くことを止めた。
何があったのか、どうしてなのか?
そんなことはわかりきっている。
隆政は美織を愛したのだ。
ただ、それだけだ。
それだけで、人は優しくなれる。
小夏はそれを良く知っていた。

「全く……心配かけて……まぁ、出てきてくれて本当に良かったよ」

小夏の思いなど知らない隆政は、ほっとした顔をして微笑んだ。

「心配かけてごめんなさいね……隆政さんには恥ずかしい所も見せてしまって……」

「ああ、いや、別に。それよりも、爺さんとちゃんと話せよ?」

「もちろんよ。今からお話するわね。美織さんも、もう少し待っててもらえるかしら?」

小夏は美織を振り返った。

「はい……あの、お一人で大丈夫ですか?」

「一人ではなくてよ。ふふ、あなたはご存知でしょうけど」

「………あ……はい、そうでしたね」

美織の返事を確認して、小夏は本宅へと力強く歩を進めた。
その後ろ姿を見送りながら隆政はある疑問を口にする。

「一人じゃないって?」

「……うん。一人じゃない。お婆様の心にもお爺様の心にも、きっと大切な人がいるから」

「ああ、大切な人……そうか……そうだな」

隆政は美織が胸に抱えている日記帳を見て穏やかに笑った。
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