お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。
「メルさん…!!」
部屋を飛び出して彼を追う。
大声でその名を呼ぶと、彼は一瞬立ち止まった。
「お願いです…!私は、お嬢様だって名乗れないくらいどうしようもなくて、実力のないじゃじゃ馬だけど…。サーシャが幸せになるためだったらどんなことだって諦めたくないし、貴方を呼んでくれたアレンの期待にも応えたい…!」
無言のメルさんは、ちらりと綺麗な横顔を向ける。
「一度だけでいいんです…!どんなに難しい課題でも、絶対乗り越えてみせます。途中で折れたりなんかしません。だから、どうか、私に力を貸してくれませんか…!」
ばっ!と頭を下げたその向こうで、彼がどんな顔をしているのかすら見えない。
ただ、ここで大人しく引き下がれば未来はない。自由に生きてきた私の落ち度は自分で尻拭いをするべきで、どんな小さな希望の光でも縋り付き、モノにしなければならないのだ。
しかし、彼からの返答は返ってこない。
(…やっぱり、ダメかあ…)
ーーと。
ぎゅっ、と手のひらを握りしめた、その時だった。
「舞踏会。」
「え…?」
「二週間後の舞踏会までに、ステップを覚えられたら考えてあげる。」
思いもよらない言葉に、顔を上げる。
彼はすでにスタスタと歩き出していて、振り向く気もないようだ。
「ありがとう!!私、必ずやってみせます!当日、城で待ってますから!!」
何も返事をせずに去って行く彼の背中を見つめながら、私は大きく息を吸い込んだ。彼が本気で言ったのではなかったとしても、このチャンスを無駄にするわけにはいかない。
(絶対、絶対、間に合わせてみせる。悪役令嬢は、ここで終わるわけにはいかないんだから…!)
こうしてこの日から、鬼教官アレンによる地獄のようなレッスンが幕を開けたのだった。