part-time lover
坂を行き交う人たちの方をぼんやり見て、煙を吐きながら陽さんが小さな声で話し出した。
「ねえ、違うと思ったら聞こえなかったフリして欲しいんだけど…」
自分が期待していることをこの後言われるであろうことは容易に想像がついた。
けど、聞こえるフリをしていいものなのか、酔いが回った頭では考えられない。
「あの…多分、何を言いたいのかわかります。
私の意思で決めきれないので、お任せします」
言葉の続きを聞いて、選択を委ねられるのが怖かったので、勢いに任せて遮ってしまった。
困惑している私とは対照的に、吹き出す彼。
「ごめんごめん、どうしたらいいか分からないよね。責任転嫁したのは謝る。
そしたら、わがままに付き合って」
先程の大人の色気はどこに行ったのか、甘えるような視線でこちらを見ると、私が吸い殻を捨てたのを確認して、手を握られた。
ああ、もう今日はどうなってもいいや。
自分の中で何かが吹っ切れるのを感じた。
彼が連れ去る方向へ、従順についていくので精一杯だ。
おぼつかない足取りで、道玄坂を登り、向かう先はおそらくいつものラブホテル。
心を開いた時にそんな打診をされるなんて、断れないことはわかっているんだろう。
「ごめん、強引だった?」
少し後ろめたそうな表情で、彼が心細そうに口を開いた。
「いや、問題ないです。
自分の意思で行動してるわけじゃないから、全部陽さんのせいにするけど」
ちょっとだけ怖気付いていることが悟られないように、強気な発言をしてみせた。
わがままを言ってから謝るなんて、確信犯すぎる。
疎ましい眼差しを送ってみせたけど、見て見ぬふりをしているんだろう。
彼の視線は坂の上の方に向いていた。
酔いの回り具合と、陽さんから与えられる興奮ともときめきとも言えない刺激のおかげで私の脳内はだいぶ麻痺し切っていた。
坂を登り、脇道に逸れて、見慣れた円山町へ。
ホテル街のネオンがまぶしい。
空室のライトの点灯を見つけ、無駄に華美な電飾がめだつ建物の中に入った。