悪役令嬢、乙女ゲームを支配する
「……サム? どうかした?」
「あ、ごめん。少しぼーっとしてただけだよ。そういえばラナの一番好きな花はなにかを聞いてなかったな。教えてくれる?」
……あたしの一番好きな花、か。しばらく考えてみたけれど、たくさんありすぎてひとつに決められない。
「難しい質問ね。あれもこれも好きで、決められないわ。サムはあるの?」
「僕はあるよ」
あたしと違い、サムは即答する。
「……気になるわ。どの花なの?」
「今の僕にとって、それが一番難しい質問だ。最近見つけたからね」
「名前がわからないなら、どういう花がだけでも教えてよ」
サムが最近見つけた、ってことは、あたしもまだ見たことのない新種の花かもしれない。
「そうだなぁ。……緑の中で強く美しく、可憐な姿をひっそりと主張する。見つけた瞬間笑顔になる……そんな花だよ」
優しい声と、陽だまりのような微笑みに、あたしは思わずドキッとする。
「いつか、ラナに見せてあげよう。僕の一番好きな花を」
――そう約束してからしばらくの間、サムが花屋に来ることはなかった。
サムが来なくなってから、あたしはサムに会いたくて仕方がなくなっていた。
いつも誰か来るたびに期待して、店の中にあのオレンジ頭がひょっこり現れないかと期待してしまう。そわそわしているあたしを見て、母は『それは恋ね』と笑うけど……これが恋だったとしたら、もっと早く気づきたかったというのが本音だ。
もしかすると、どこかへ旅立ってしまったのかもしれない。……あたしになにも言わないまま。サムにとって、あたしは旅先で出会った花屋の娘程度の存在だったのかと思うと、胸の奥がちくりと痛い。
サムのことをほとんどなにも知らないまま別れてしまったことを後悔する日々を送っていると――彼が再び、店に姿を現した。