15年目の小さな試練

予兆

 日々、まだまだ慣れない講義で頭をもまれ、渡される課題を何とかこなしている間に、気が付くと六月に入っていた。梅雨はまだだけどジワジワと気温が上がりつつある、そんな火曜日の朝。

「ハル、じゃあ行ってくるね?」

「いってらっしゃい。……ごめんね、課題、お願いします」

 昨日の夜から微熱が下がらないハルは、ベッドの中からオレに手を伸ばした。
 その手をキュッと握って、ハルの額に唇を寄せる。
 熱こそ高くないけど、顔色は良くないしとてもだるそうで心配になる。

「大丈夫、ちゃんと渡しておくから。ハルはゆっくり休んでね? 具合悪くなったら、沙代さんに言わなきゃダメだよ?」

「ん。ちゃんと言うから心配しないで?」

 ハルは笑みを浮かべてオレを見る。

「それに、おじいちゃんが出勤前に寄ってくれるのでしょう?」

「そうだった」

 朝イチでじいちゃんに電話したのは自分だというのに、ハルに言われてようやく思い出す。お義母さんは残念ながら学会とやらで昨日から出張中。明日にならないと帰らない。

「だからね、心配しなくても本当に大丈夫。これくらいなら、今日一日寝ていたら治るから」

「うん」

 そうは言っても、心配はするのだけど。

 だけど、これ以上はハルに要らぬ気遣いをさせるだけだから、何も言わず、オレはそっとハルの頭をなでた。ふわふわ柔らかいハルの髪は今日も気持ちいい。

「行ってらっしゃい。頑張ってね」

「ん。ノートもちゃんと取ってくるな」

「ありがとう」

 ハルはニコリと笑い、オレは後ろ髪を引かれながら部屋を出た。


< 194 / 341 >

この作品をシェア

pagetop