15年目の小さな試練
 そして、6月3回目の水曜日。

 ハルの体調が気になって、どうしても部活に行く気になれなかったオレは、部活を休んで放課後はハルと一緒に家に帰った。
 ハルが楽しみにしているピアノのレッスンを見学させて欲しいと言う口実を使って。

 だけど、そもそも、なんで、ハルはあんなにもオレを部活に通わせたがるのだろう?

 兄貴の言葉を借りるなら、オレが束縛しすぎているということらしいけど……。
 たまには、ハルも自分一人の時間が欲しい?
 オレは毎日一日中ハルと一緒にいられるなら、むしろ嬉しいし大歓迎けど、ハルは違うのだろうか?

 ……違うかも。

 そう思うと、ちょっと寂しくなる。
 だけど、ハルとオレの温度差は昔からだから、仕方ない。

 見学させてもらったピアノのレッスンで、ハルは本当に楽しそうにしていた。
 兄貴は笑っちゃうくらい誉め上手だった。

 そして、オレにはピアノなんてまるで分からないけど、それでも兄貴が何か教えるたびに、ハルの弾く曲がどんどん綺麗になっていくのはよく分かった。

「じゃあ、次で最後にしよう。思いっきり、楽しんで弾いてみて」

 兄貴の言葉を合図に、ハルが演奏をし始めた。

 ゆったりした優しい音楽が、ハルの指から紡ぎだされる。
 ハルの演奏は、そりゃ、子どもの頃から習っているような人に比べたら、まだまだ拙いと思う。
 だけど、ハルが紡ぐのはの人柄がにじみ出るような優しくて穏やかな、とても暖かい音だった。

「ハル、すごい!」

 気が付くと、ハルの後ろに立って手を叩いていた。

「すごく綺麗だった!」

 今すぐ抱きしめたいくらい、素敵な演奏だったよ、ハル!

 だけど、まだレッスンが終わっていないっぽいから、我慢した。
 そんな興奮気味のオレの言葉に、ハルはなぜか

「えっと……精進します」

 と返す。

「え? なんで、そうなるの?」

 ものすごく不思議だったけど、そのまま沙代さんと会話が始まり、ハルの答えは聞けなかった。

 今日のレッスンはそのまま終わり、兄貴も入れて三人で夕飯を食べた。


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