15年目の小さな試練
「しんどそうだったら、もちろん止めるし、無理はさせないよ?」

 心配する叶太の気持ちは分からないでもない。
 だけど、ハルちゃんが何故ピアノを始めることにしたかという裏話を知っている俺としては、やっぱりここは全力で叶太を空手部に送り出すべきだろう。

 何より、先週、叶太は空手をサボってピアノのレッスンを見学に来た訳で、二週連続サボりって選択肢はないだろう。

 いや、俺は別にどっちでもいいんだけど、多分、ハルちゃん的にはなしなんじゃないかな?

「いや、でも……」

「叶太、何がそんなに心配?」

 まあ、過保護な叶太にしたら、何をやってても何もやってなくても心配なのかも知れないけど。
 そう思いつつ、俺は続けた。

「ピアノを教えるって言っても、ホント簡単にだし。ってのは、先週、お前も見てたよな? 教える場所はハルちゃんの自宅で、沙代さんだっているんだし。それに、明日はおじさんが夕飯に間に合う時間に帰って来るんじゃなかったっけ?」

「……兄貴、よく知ってるね」

 叶太が驚いたように言う。

「ダイニングのカレンダーにおじさんとおばさんの予定が書かれていたから、水曜日だけチェックしておいた」

 返す言葉がないようで、叶太は電話の向こうでフーッと長く息を吐いた。

 ああ、なるほど。

 叶太は、ハルちゃんがピアノを弾くのが嫌なのではなく、ハルちゃんがピアノを習えるくらい元気だと、病み上がりのハルちゃんを置いて空手部の練習に行かなきゃいけないってのが嫌なんだ。
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