15年目の小さな試練

最初の一歩

 二つ目の練習曲に晃太くんが選んでくれたのは一つ目と同じようにとても優しい穏やかな曲だった。

 心配そうなカナの視線に気が付かないふりをして、短時間だけど、毎日練習してきた。ゆったりした曲だったから、最初の1ページだけは何とか形にすることができた。

 心配そうなカナを振り切ってまで、一生懸命練習してきた成果を見てもらわないと……と思うのに。
 なぜか脳裏にちらちらと山野先生の顔が浮かんで気が散ってならない。

 昨日、返してもらった前回の解答。

「今回は少し考察が甘かったかしら?」

 そう言った先生の表情は、残念そうな顔を作ろうとしながら失敗したようで……、口の端に小さな笑みが浮かんでいた。

 入院前にザッとまとめて、退院した夜に慌てて仕上げたものだったから、確かに考察は甘かったかも知れない……。

 それは分かっている。だけど……。

 だからこそ、その日新しくもらった課題にはちゃんとした解答を書きたかった。だけど、もう体力も限界で……。
 休んでいた間の授業のノートを確認したり、出ていたレポートを書いたり、そんな事をしている間に一週間が経ってしまい、山野先生の課題を完成させることができないまま、昨日の授業の時間がやって来てしまった。

 山野先生の課題は二週間かけても良いって分かっていたから、他の授業の準備や課題を優先させた。それは間違っていない。

 だけど、これまで、ずっと一週間で出していたのを、私が出さなかった……出せなかったのだということに気付いた先生は、

「あら、珍しいわね」

 と、ひどく嬉しそうな笑みを浮かべた。

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