ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
二、三回瞬きして目を開く。

誰かが見下ろしている気がしたが、あたしは瞼を支えていることが出来ず、再び昏睡状態に臥した。

二度目に目覚めた時には、幾許か意識が明瞭になっていて、ここが病院なのだと見当を付けるくらいは容易かった。

何故か背中が異常に重いと感じた。

何かが動く気配がしたのでちらりと目を遣ると、ナース服を着た若い看護師さんがいた。彼女はあたしを見るなり、新種の生物でも発見したかのように声を上げた。

「先生! 」

呼ばれたのは分厚い眼鏡を掛けた額の広い医師だ。天然パーマの髪を無理やり七三分けにしている。度のきついレンズのせいで、顔の印象が良くか悪くか相当変わっていそうだ。

彼は胸ポケットからペンライトを取り出し、あたしの眼球を照らし始めた。

あたしは強い光がまともに見られず瞬きした。灰色の天井にオレンジ色とも緑色ともつかない残像が遊泳した。

「黒谷さん、黒谷麻奈さん。分かるかい?」

先生が訊いた。あたしはうん、と頷いたつもりだった。

でも何か様子が違った。

「ここは病院だよ、分かるかい?」

頭が動かせないことに気が付いた。

え、何で? と思った。

次に分かったのは声も出ないことだった。

え、何で? と同じ疑問がまた湧き上がった。

「心配しないで」と先生は言った。心配だった。

体に異変が起きているのだ。心配するなだなんて出来ない相談というものだ。


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