一筆恋々

【八月九日 手鞠より菜々子への手紙】


拝復
菜々子さん、胡瓜はお好きですか?
ちよさんが縁側に日陰を作ろうと、先月から蔓を這わせていたのは知っていましたが、わたしはお願いした通り昼顔だと思っていたのです。
胡瓜でした。
みどりいろの簾は確かに日差しをやわらげてくれますが、毎日胡瓜ばかりで、わたしの心は沈みがちです。

わたしは昨日、久里原様との顔合わせに臨みました。
一向に返事がないことを菜々子さんはいぶかしく思い、また「ただの日記では返事のしようがない」なんてひどいことも言っていましたね。

けれど静寂さんは直接お返事をくださり、そこに「楽しく拝読しています」「また手紙をください」と書いてありました。
これまでもすべて読んでくださっていて、日記のようなお手紙でもまったく構わないそうです。

とてもうれしくて、文面を覚えてしまうくらい読み返し、枕元に置いて寝ています。

お手紙を書くことがあまり得意ではないそうですが、菜々子さんのように「面倒臭いからお電話で」ということでもないようです。

ずいぶんご心配をおかけしましたが、お会いしてみて、やはり誠実でやさしい方だとわかりました。
文字からもそのお人柄が伝わってきます。
だからどうかご安心ください。

わたしよりも駒子さんや菜々子さんの方がずっと心配です。

駒子さんにはお手紙を出しまして、菜々子さんが心配していることもお伝えしました。
お返事がありましたら、またお知らせします。

それからお約束の日ですが、十四日で問題ありませんので、二時にお邪魔いたします。
胡瓜をたくさんお持ちしますので、買わずに待っていてくださいね。
拝答


大正九年八月九日
手鞠
菜々子様


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