予言書を手に入れた悪役令嬢は役を降りることにしました。
それは分厚いいかにもズシリと重みのある一冊の本だった。
重厚だが色の褪せた皮の表紙に金糸の文字が鈍く光る。

《アクセリナ王国物語~薔薇の乙女と白百合の魔女~》

タイトルの文字はミリアも使う大陸の共通語だ。そしてタイトルにあるアクセリナ王国というのは、ミリアの住むこの国の名称である。

ミリアは何故か、その本に奇妙なほどに心惹かれていた。
幽霊の声も、浮気をした婚約者のことも、ミリアを裏切った親友のことも。
しばし忘れてその本に魅入る。

ミリアの白く細い指先が、無意識にその固い皮の表紙に触れた。

途端。

にゅるり、と金糸の文字がまるで蛇のようにのた打って形を変える。
驚きに目を見開いたミリアの耳に「あはっ」という笑い声が届いたのはその時。

「どうしてかしら。出れるわ!私、本の外に出れる!」

ーーーやったわ!!

そう喝采を上げる声はすでにミリアが聞き慣れつつある幽霊の声だった。
見ると本の背表紙のあたりから何やら白い靄のような煙のようなものがゆらゆらと揺れながら漏れ出ている。

その靄はゆらゆらと形を変え、揺らめきながらやがて人の形をとった。

薄闇の中に淡く煌めく銀の波打つ髪に白磁の肌。くっきりとした二重の長い銀の睫毛に縁取られた紫紺の瞳には意志の強さが感じられた。

美しい女性だった。
年の頃はおそらくミリアよりも少し上、20才前後といったところか。
大人の女性というには年若く、少女というには大人びている。

凛として気高い、白百合のような女性。

ミリアの頭の片隅に、つい先ほど見た本のタイトルが過る。
けれどもそれよりも、女性の花の顔よりも何よりもずっとミリアを縛り付けたのは別にあった。

それは女性の胸から腹にかけてあった。

女性の着た白い夜着を斜めに切り裂いた生々しいパックリと口を開いた傷。

「……っ」

悲鳴すらも出ない。

「どうかした?……あら」

ーーーいけない、と口を動かした女性の腹からぞろりとはみ出ているもの。
それは貴族の令嬢として料理すらもまともにしたことのないミリアにはあまりに刺激の強すぎるものだった。

「あ、えーっと、大丈夫?ほら、ソーセージだと思いなさいよ。ね?」

そんなの無理に決まってるでしょ!
焦った様子で言う女性にミリアは意識を失う間際、胸の内でツッコミを入れた。

パッタリと倒れたミリアの耳に「やだ、どうしよ!やっちゃったわっ」とどこか緊張感の薄い声が届くことはなかった。







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