何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】
「しっ!」

すると急に彼は、自分の口元に指を立てた。

「へ…?」
「…大丈夫か…。もうすぐ見回りの兵士がここへ来る。もう行った方がいい。」
「あ、うん。あのごめんね。私あなたの名前…。」
「僕は青(せい)…。青いって字を書くんだ。」
「…あなたの目の色と同じだね。」

どうやら、やはりここは天音が立ち入ってはいけない場所のようだ。彼はそれを考慮してくれていた。
そして、天音はどうしても思い出せない彼の名を申し訳なさそうに尋ねた。
しかし、彼は天音が忘れてしまったであろうその名を、快く教えてくれた。
そしてそれに答えるように、天音はにっこりと笑った。

そして、青のその青く澄んだ目は、じっと天音を見つめていた。

「天音…。また会いに来てくれる?」

彼はそう言って、儚げに笑い、どこか寂しげな瞳が揺れた。

「え…?いいの?」 

天音は、さっきの青の様子から、ここがあまり自分の来てはいけない場所だという事を察し、勝手に扉を開けてしまった事にも申し訳なく思っていた。
だから、青がそんな事を言ってくるなんて、思ってもみなかった。

「君が来てくれたら、うれしいな。」
「あ、そうだ。すごく苦しそうだったけど…。」
「君が来てくれれば、もう大丈夫。苦しみも軽減される。僕の話し相手になってくれないかな?」
「うん!もちろん。」

どこか儚げで、今にも消えてしまいそうな青を放っておけるはずはなかった。
おせっかいな天音が、いつの間にかそんな気持ちが生まれていてもなんら不思議ではない。
彼が会いに来て欲しいというのなら、それを叶えたいと自然に思えていた。
今日会ったばかりの彼にそんな風に思うなんて、やっぱり彼とは、以前どこかで会った事があるのだろうか…。そんな気持ちさえ、芽生え始めていた。

「じゃ、またね青。」
「うん。また。」

そして、青は今日一番の笑顔を、天音に向けた。
天音は、再びその不思議な扉を軽々と開けて、その部屋を後にした。

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