何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】
「皇后様…。ご無沙汰しています。」
「ジィ!来てくれたのね。」

宰相の時とはうって変わって、その来訪者の顔を見るなり、皇后は嬉しそうな声を出し、彼をこの部屋へと快く招き入れた。
その来訪者である士導長の耳にも、京司がまだ目覚めていない事は、届いていていた。
そんな彼が京司の身を案じ、皇后の元 へと足を運ぶのは当然の事だった。
皇后にとっても、京司の教育係であった士導長は、この城での数少ない信頼できる人物であった。

「あの子に、会いに来てくれたんでしょ?」
「はい。」

皇后は、京司の側につきっきりで、少しやつれたようにも見える。
そんな姿に士導長は、また心配そうな表情を浮かべた。

「ふふ。懐かしいわね。昔はこの子、あなたにべったりだったものね。」

皇后は懐かしそうに、未だ目覚める事のない、京司の顔を愛しそうに見つめる。
たとえ目を覚ましても、彼はもう、あの頃のような笑顔を見せる事はないというのに…。

「昔話でございますね。」
「そう…昔の話…。」

皇后の寂しげな瞳が揺れたのを、士導長はただ見つめる事しかできない。

「そう言えば、妃の方はどう?目星はついたの?」
「そうですね…。なかなか難しいものですなー。」

皇后は、空気を変えようと思い、話題を妃候補へと移してみた。
しかし、士導長から返ってきた返答は、歯切れの悪いものだった。
そんな士導長のちょっと困ったような表情が、妃選びの難しさを物語っていた。

「そう…。この子は、本当はとても寂しがりなの…。」

皇后はまた、愛しい目で京司を見つめ、彼の頭を優しく撫でた。
眠ったままで目を開ける事のない彼は、あの頃と変わらぬ無垢な少年のよう。
何にも変わってなどいないのに…。

「この子には、いろいろと苦労をさせたと思ってる。だから知って欲しいの。一人じゃないって事を。」

そう言って、皇后が京司の手を強く握った。

「この子には幸せになってもらいたいの。」
「…。」

その様子を士導長は、そっと見守る事しかできなかった。
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