何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】
「何をしてる!」
事態を聞きつけ月斗の前に現れたのは、この城の兵士である辰だった。
彼は月斗とは少し距離を取り、彼の出方を見ている。他の兵士のように、簡単に負傷するわけにはいかない。
「うるせーよ!」
「捕まりに来たのか?」
「どけ!」
月斗は、辰の方へとジリジリと歩み寄り、他の兵士と同じように、行く手を阻む彼を押し退けようと手を前に伸ばした。
「はぁはぁ。やめて!」
背後から聞こえた、そこにいるはずのない甲高い女の声に、月斗は思わず眉をひそめ、顔を歪めた。
「な!?」
そして辰も、いるはずのない彼女の姿を目にし、驚きの声を思わず漏らした。
「月斗。」
息を整えた天音が、ゆっくりと、はっきりと、彼の名を呼んだ。
シンと静まりかえるその場では、そこにいる兵士達にもその声は、はっきりと届いた。
「またお前かよ。俺の前に現れんなって言ったよな。」
月斗が後ろを振り返り、天音をいつもより鋭く、敵意むき出しで睨む。
今の彼はまるで獣。何を言っても通用するはずなどない。
「青ね…言ってたんだよ。昔は、この町にも花火大会があったって。」
そんな月斗にひるむ事はなく、天音は口を動かす事を止めない。
なぜ、月斗がこんな風に城で暴れているのかはわからない。
でも、このままでは、彼のためにならない事は確かだ。そして、青のためにも…。
「月斗の上げた花火を見て、花火の終わった後は寂しいって…。」
「言ったよな。アイツにはもう会うなって!」
いよいよ我慢ならなくなった月斗が再び声を上げた。
もうこれ以上、話をする事などないと言わんばかりに。
「青は望んでないよ…。」
天音の濁りない目は、月斗の鋭い憎しみのこもったその目をまっすぐと見ている。
「は?」
「ここを出る事を望んでない。今は…。」
『僕がここを出る時は、僕の願いが叶う時なんだ。』
彼は、自分で望んでこの城にいる。
彼は、自らが選んでここにいる。
それは、天音が嫌というほど感じていた事実。
彼は、外に出る事を望んでなどいない。無理矢理連れ出したところで、彼は喜ばないんだと。