私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

「じゃ、消者石(しょうしゃせき)の手錠外すわよ。このままじゃ、あたしの能力まで跳ね返されちゃうわ」

 そう言って鍵を懐から取り出して振った。
 消者石とは、能力者の能力を使えなくする作用を持つ石で、本来は透明な大きな石で出来ている。
 一般的にはそれを砕いて、粉末状にして使うのだが、そうすると一時的な効果しか得られない。
 永続的にするには、消者石を加工し、能力者に身につけさせるという方法を採る。

 それがここでは手錠なのだが、消者石の加工は難しく、僅かしか流通されていないのが現状である。
 故に、おのずと値が張る。
 そういう背景があるため、暗部本部にあるのは、この手錠ともう一つの拘束具、足枷だけだった。

「気をつけてよ」
「分かってるわよ」

 鉄次は軽く答えながら、鈴音の手錠を解く。
 すると、鈴音は脱力するように地面へ手のひらを投げ出した。
 その鈴音に手をかざしながら、

「じゃ、行くわ――」

 言いかけたときだった。
 鈴音の体から、眩い紫の放電があがり、一同は眉を寄せながら目を瞑った。

「しまった!」

 鉄次が叫んだ時にはもう、すでに遅かった。
 鈴音は放電し、その命を自ら絶とうとしていた。
 しかし、そこでおかしな事が起こった。
 全てが、ゆっくりと流れ出したのだ。
 放電も、花野井や月鵬が眼を塞ぐ、その動きも、まるで時が止まったかのように、ゆっくりとした動きとなった。
 そんな時の中で、通常の速さで歩みだした者がいる。――亮だ。
 亮は、鉄次に近づくと、鉄次にそっと触れた。

「あっ!」

 鉄次ははっとしたように声を上げ、その動きを取り戻した。

「悪いわね。亮」
「良いからさっさとやれ」

 ぶっきら棒に亮が言って、鉄次は微笑を返した。
 鉄次は、鈴音の目を見据える。
 数秒見つめあうと、二人の間に道が出来たように、鉄次に『繋がった』感覚が走る。
 双方の瞳孔が開き、鉄次は力をなくして倒れこんだ。

「……くっ!」

 亮は小さく唸り、次の瞬間、時間を取り戻したかのように時が流れ出した。
 バチバチと放電を始める鈴音に、目を瞑る花野井と月鵬。

「戻ってこいよ」

 祈るように亮が呟いた途端、放電は終わった。
 鈴音は、真っ赤に爛れて倒れこんだ。
 その瞳から、光が失せた、その瞬間。

「ゲホッ、ゴホッ!」

 鉄次が激しく咳き込みながら、その身を起こした。

「あっぶなぁ! 死ぬとこだったわ」

 鉄次は独りごちて、悪態づいた。

「亮、あんたもうちょっと持たせなさいよ! あと一秒くらい余裕あったでしょ、このせっかち!」
「はあ!?」

 カチンときた亮は、眼鏡を押し上げながら鉄次を睨む。

「俺の能力は十秒が限界なんだよ! テメーがさっさと入り込まないのが悪いんだろ!」
「なによお!?」
「なんだよ! やんのか、コラ!」
「やらいでかっ!」

 睨み合う二人の間に「まあまあ」と花野井が割って入って、月鵬が呆れてため息をついた。

「で、報告は?」

 鉄次はにやりと口の端を歪めた。

「ちょっとヤバイわよ」

 そこに、

「あっ!」

 と短い悲鳴が上がった。
 亮が両耳を押さえ、その手をゆっくりと離した。

「魔王が部屋を出たようです。今、廉璃から報告が挙がりました」

 時刻は四時二十五分――。
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