私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
当時はまだ先王の時代だ。岐附は戦にくれていた。
俺は、鉄次と共に暴れ周り、神戦の二槍と呼ばれ、敵国にそれなりに恐れられていた。岐附での神戦、覇沙掴神(はしゃつかみのかみ)。
この女神に見立てられた柚三関――三関になって、彼女は苗字を得、花野井と名乗ったが、この女神の下で、俺と鉄次はその手腕を発揮していた。
柚は、以前に増して勇猛果敢な女性となっていた。
快活で遠慮なく笑う彼女を、また好きになるのに時間なんて掛からなかった。無邪気で、強そうで、でもどこか脆そうな印象もある。
ふとした時に、崩れ落ちて行きそうな……。
俺が、今度こそは守ってやりたいって思ったんだよ。
もういいかげん年月も流れたし、もう兄貴の事も諦めたろって。
今度こそって思ってた。その矢先だ。
彼女が妊娠した事が判った。
俺が彼女の下に就いて、一年経った頃だ。
彼女は誰の子なのか誰にも言わなかった。
ただ、残念ながら、幸せそうな事だけは判った。
俺は、嫉妬した。嫌だった。当たり前だろ。ずっと好きだったんだ。
だからせめて、相手の名前だけでも知りたかった。ちゃんと柚を幸せに出来るやつなのか、知っておきたかった。
俺の詰問に、柚は渋々答えたよ。
相手はなんと、王子様だってよ。
なんだよ。俺じゃダメで、王子なら良いのかよ。
俺ははっきり言って、拗ねた。
だからちょっと、意地悪な事を言ったんだよ。
「ずっとアニキの事が好きで諦められないって言ってたのに。相手が王子なら諦めるんだな」
柚は苦笑した。
「あの人、どこかちょっとだけアニキに似てたの。純朴で、言葉足らずなところとか。最初は、それだけだったんだけど、碧は……私の弱さも愛してくれたから。私も、愛したくなったの」
――なんだよ、それ。
俺は打ちのめされた。
俺だって、愛してたさ。
いや、愛してるよ――でも、俺じゃダメなんだな。
なんでだよ。なんで、俺じゃダメなんだよ。
「そろそろ、前を向かなきゃいけないと思って。亮も、私なんかにこだわらないで、前を向いてよ。きっと、そこに、亮を好きでいてくれる人がいるよ」
その当時、俺がそんな言葉を受け入れられるわけはない。
今だって受け入れられないのに。
でも、受け入れるフリくらいしたさ。
皮肉な事に、柚の笑顔が一番好きなんだ。俺は。
「これから一人で子育てするんだから、しょーがねえけど、大変な時は友達として手伝ってやるよ」
「ありがとう」
柚はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
父親の事は二人だけの秘密――それが唯一、俺が誇れる事だ。
それから、暫くして子供は無事に生まれた。
三関の屋敷に似つかわしくない、質素な家で生まれた赤子は、皇と名付けられた。
皇は、柚がいた山賊団の名前から取られたものだった。
俺はそんな凶悪そうなものと思ったが、碧王は喜んでいた。
この時すでに、先王は死去。碧が王になっていた。
「山賊団は、お前の故郷のようなものだもんな」
と、涙ぐんでいた。
ああ、そうか。俺にないのは、こういうところか――と、納得しかけたが、俺は断じて認めない。認めたくはなかったのだ。
そうして、世間に素性を隠されて、皇は五年間庶民の中で育った。
だが、皇五歳。
今から七年前――柚は死んだ。
柚の死ぬ、一年前から功歩軍の侵攻が始まっていた。
碧王が三年前に取った政策、将軍の枠組みを減らしたがために、将軍の少ない岐附は押されていた。
そこで急遽、三関からの将軍引き上げがなされた。
三関のみならず引き上げ対策が採られたが、その対策のせいで、柚は将軍となり、俺と鉄次は柚から離れ、空軍の三関になった。
あの時の事は、今でも覚えている。
それまでは、彼女を援護するように、俺達は地上で指揮をし、槍を手に敵を穿ってきた。
俺はあの日、不安でならなかった。
空を飛び、敵本拠地を目指す事が――なにより、彼女と遠く離れる事が。
不安は的中した。
俺達が敵地を目指して、戦場を迂回しているときだ。
俺は三条の旗を眼にした。
あの、朱色の生地に、白と黒の風車――。
あの旗が、岐附軍の本拠地に刺さったあの瞬間を。
あの風車の旗を、俺は一生忘れない。