私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
(葎王子の追懐)
僕と彼女が初めて会ったのは、僕が七歳の時だ。
彼女は、職務として、父に何度か会った事があるようで、父は、柚に一目惚れでもしたんだろう。
あれこれと呼び出す機会を与えては、口説く事はおろか、何も言えず、しまいには僕を呼び出して緩和剤にしていた。
僕は、僕なりに母が好きだったので、柚の存在は疎ましかった。
七歳なりに、誰が誰を好きだということは何となく分かっていたから。
父は、正妃である母を愛していなかった。
政略結婚同士では良くあることだったが、母は違ったらしい。よく、泣いている姿を見かけた。
そういうこともあって、僕は柚が嫌いだった。だけど、柚も気づいていたんだろう。父のアプローチは全て断っていたし、僕にもなんでもないとさりげなく報せてくれた。
でも母は、どんどん柚を憎むようになった。
子供は親の嫌いな者を嫌いになると言うけれど、僕が嫌気がさしたのは、母の方だった。誰かを憎んでいる姿が、おぞましいように思えた。
誰かを深く愛した末の、しごくもっともな姿だと、今では思えるけれど。
やがて、二年の月日が流れて、安慈が生まれた。母は産後の肥立ちが悪く、亡くなった。志翔が言ったように、母は、最後まで柚を恨んでいた。
愛されない者は寂しいんだなと思ったけれど、同時に、母の望んだ相手ではないけれど、僕も志翔も、こんなに母を愛していたのに、母はどうして寂しかったのだろうと思った。
父を愛す分、僕と生まれてくる安慈と、まるで母のためだけに生きているような志翔を愛してくれれば良かったのに。
僕はその時初めて、母に愛されていなかったのだと気づいた。
心のどこかで思ってはいたことだったけれど、蓋をしてきた感情だった。
母は、父しか愛してないんだ。
僕は、泣いた。
庭の隅で、一人で、静かに、母の葬儀の日に。
そこに、人影がやってきた。
父でも、志翔でもなく、柚だった。
柚は、何も言わなかった。
何も言わずに、僕を抱きしめてくれた。
もう随分、母にされていない事だった。
僕は、柚の胸の中で泣いた。
柚は僕に告げた。
「お母様は、一人の人を愛しぬける、とても心の真っ直ぐな人です。だからこそ、少し不器用だっただけで、決して、あなた様を愛していなかったわけではないのですよ。愛していたからこそ、その感情の矛先が、お父様や私に向いてしまっただけなのです」
本当にそうなのだろうか?
いまだにそれは分からない。母に直接聞けるべきことでもないのだから。だけど、僕はその時、救われた気持ちでいた。
それから、僕は柚が大好きになった。
志翔は、山賊の出だなんだと嫌ったけど、僕はこっそりと柚に会いに行った。そんなある日、柚は、父上との交際を認めてくれるか? と僕に尋ねた。
僕は正直、複雑な思いがあった。
母の事を思えば、反対しなければならないし、父の事を思えば、賛成したくもなる。だが、僕自身の事を思えば、それこそ、複雑だ。
大好きな柚が母になるかもしれない喜び。
実の母と、志翔に対する、罪悪感。
僕は、結局、賛成もしなければ、反対もしなかった。