私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~
「ほらぁ! ショック受けちゃったじゃないの! 知る必要のない事は、知らなくて良いのよ。ゆりちゃんはまだ純粋なんだから!」
「あら、そう? 知る必要のない事なんてこの世にあるのかしら?」
「てーつーじ!」
「おほほほっ!」
牽制するように月鵬さんが、鉄次さんを睨むと、鉄次さんは可笑しそうに高笑いした。
「ごめんね。鉄次ってお酒のむと、ちょっと意地悪になるから」
「そうよぉ! ステキでしょ♪」
鉄次さんに覗き込むようにして、ウィンクを送られた。
月鵬さんがそれを遮るように、私の顔を覗き込んだ。
目が合うと、月鵬さんは少し哀しそうに笑んだ。
「言い訳ではないのだけど、中央の花街のお店に行ったでしょう? あそこは、あの花街でも一番働く者に良心的なのよ。意に添わない客には、なんやかんやと理由をつけて断っても良いの。だから、その――」
間誤付く月鵬さんの、言いたいことが何となく分かった。
多分、アニキが無理やり行為に至ったことは、一度もない。
そう言いたいんだと思う。
私はそれでも、渦巻くような思いを感じたけど、ぴたっとそれに蓋をした。
小さく頷く。
月鵬さんはそれを見て、安心したように笑んだ。
「で? さっきからなんでそんなに不機嫌なわけ? 奥の眼鏡は」
「あら? 気になる?」
「そりゃ、あんなにブスッとしてればね」
鉄次さんがにやりと月鵬さんを見て、月鵬さんは眉を吊り上げて答えた。でも、なんとなく照れたような表情にも見えた気がする。
私は話題になった亮さんを見る。
亮さんは、私たちに背を向けてお酒を飲んでいた。
月鵬さんは、あんなにブスッとしてればって言ってたけど、私には通常の亮さんにしか見えない。
だって、亮さんって私の前ではしょっちゅうブスっとしてるもん。
「けんちゃんが奥に行ったのが気に食わないのよ」
「そんなこと言ったって、誘われればあの人は、ほいほいついて行くでしょ。そんなの前からじゃない」
「そうなのよねぇ。ええその通り。けんちゃんってばモテるからねぇ。自分から誘った事なんて一度もないのに、必ずお持ち帰りできるなんて、羨ましい限りだわ!」
鉄次さんがうんうんと深く頷いて、悔しそうに顔を歪めた。
「あんたの場合ちょっと大変だもんね」
「ノンケかそうじゃないか、まず見極めなきゃいけないからねぇ」
(ちょっと待って?)
後に続く二人の会話は、もう私には入ってこなかった。