私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

 廊下には、もう部屋の灯りが射していない。カンテラがないと暗くて、地面がよく見えない。私はしょうがなく、手を耳から離した。なるべく声には意識が行かないようにして、壁を頼りに歩いていくと、突然、がくんと体が沈んだ。

「きゃっ!」

 転びそうになったけど、なんとか堪える。

「なんで、ここだけ障子開いてるのよ」

 障子が手のひら分、開いていたせいで、そこに手がはまってしまっていた。腕を抜いて、部屋を睨む。
 すると、中でうごめく人影が見えた。

(げっ! まさか!)

 私は慌てて目を閉じようとしたけど、
「ぐおおっ!」
「ん?」

(イビキ?)
 中から聞こえてきたのは、艶やかな声ではなく、イビキだった。

「なんだ、寝てるだけか」

 ほっとして目を開けると、部屋の薄暗い明かりに照らされて、人影が廊下側に寝返りをうった。

「アニキ?」

 目を凝らして見てみる。やっぱりアニキだ。
 アニキは気持ち良さそうに寝ていた。

 見た感じ、着物は着てるし、乱れた様子もない。隣には誰もいない。
 鉄次さんの話だと、女の人と奥に行ったって……。私も誰かとアニキが歩いてくの見たし……終わったってこと?

 なんだか気分が悪い。
 気持ち悪いとかじゃなくて、むかむかする。

「起こしてやる!」

 私は思い切り襖を開けて、ずんずんとアニキの枕元へ進む。
 そして、大きく息を吸った。
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