【完】俺がどんなにキミを好きか、まだキミは知らない。
灰野くんが行きそうなところなんかさっぱりわからないから思うままに歩いてみる。



手のひらのお守りをぎゅっと握って、ひたすらに。




すると、屋上に繋がる階段に座ってスマホを眺めている灰野くんを見つけた。




「……灰野くん」


あたしの声がひとつ、ここに響く。


「なに?」


灰野くんの目が向けられる。でもそれは一瞬で、彼はすぐにスマホに視線を落とした。


「さっきはごめんなさい」


「……結局、俺は何をしたの?」


「それは……あの、」


……なんて言えばいいんだろ。


あ、あれ?
頭の中がぐちゃぐちゃ。


灰野くんとの間にある空気にどんどん気圧されていく。


「あたし……うまく、いえなくてごめん」


と続けたとしたあたしにかぶせるように、灰野くんは頷いた。



「言えないならいいよ。藍田さんがナギに愚痴れば済むような話なんでしょ」


すごい言い方だ……。

どうしよう。何をどう伝えればいいのか、どんどん真っ白になってく。



灰野くんは立ち上がってスマホをポケットに仕舞いながら、あたしがいる踊り場まで一段ずつ降りてくる。



「なにしたのかわかんないけど、ごめんね。俺も、藍田さんとはうまくやれなくて」


灰野くんがこっちを見る綺麗な漆黒の瞳はとても冷たかった。


その目が何を訴えているのかわからないけど。


ばちんと目が合った瞬間、ビクッと肩が震えてしまった。



「……俺のことそんなに怖い?」


「こわ……い……」



そんな突拍子もない質問が頭で処理されなくて、思わずオウム返ししていたことに気付いてから、遅れて首を横に振る。



「……もうどっちでもいいや」


灰野くんは力が抜けたみたいに、ふっと笑う。


「それ何?」


「え?」


灰野くんはあたしの手のひらを掴むと、ぱっとこじ開けた。


「ふ。これ、ナギが?」


手のひらいっぱいのお守りを灰野くんは投げすてるみたいに、空中に置いて。




「……俺もう、藍田さんから逃げ出したい」


そうはっきりと聞こえた。

聞き間違えなんかじゃ、絶対ない。



逃げ出したい……そんなこと思うの?


「ご……ごめんなさい……」


涙がぽろっと頬を伝っていく。



「……ナギね、藍田さんのこと好きだよ。付き合ったら」



灰野くんはそう言って、あたしを横切り階段を下りて行った。




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