北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
   ◆
 浅い眠りがとけて、累は目を覚ました。
 寝ぼけた意識を聴覚に集めると、控えめなドアの開閉音のあとに、無音がつづいた。
「凛乃?」
 薄目を開けて声をかけてみたけど、返事はない。というより寝起きで、ちゃんと声が出ていない。累は組んでいた指をほどいて、髪をかきあげた。
 買い物、ついて行こうと思ったのに。
 起き上がると、腹の上に昔よく見た柄のタオルケットがかかっていた。家のどこかにしまったまま、在ったことも忘れていた。
 たとえば柔らかな陽射しが降り注ぐ縁側、あるいは秒針が走る音まで聞こえる静かなリビングで、しることした昼寝。目覚めると必ず、このタオルケットが身体にかかっていた。
 ギ……、とドアがきしむ音に、累は顔を上げた。リビングとキッチンをへだてる引き分け戸の模様入りガラスに、モザイクがかかったような凛乃の姿が透ける。
 行ったんじゃなくて帰ってきたのか。
< 134 / 233 >

この作品をシェア

pagetop