北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
   ◆
 なにか聞こえた気がして、凛乃はスマートフォンから顔をあげた。
 ふりむいてみたけれど、リビングに累が入ってくる気配はない。押入から引っ張り出された古い扇風機がひっきりなしに首を振っているのは、凛乃が匿名恋愛相談サイトへ書き込みを始めたときのままだ。
 良かった。当事者登場なんて、笑えないもんね。
 ホッとして、凛乃はソファに背中を投げ出した。丸めたタオルケットを腰のうしろに置いているから、背中が反って軽いストレッチになる。
 今朝ついに、魔境からベランダへ脱する道が拓けた。
 通れるというだけで、人ひとり分の獣道、まだまだ処分すべきモノは残っている。それでも小さな達成感に包まれて、凛乃はこっそり祝杯を挙げに、リビングに来た。
 祝杯といってもアップルジュースなのだけど、甘さに癒されてほどけた指が、深く考えもせずにスマートフォンをいじっていた。
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