北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
「よぅ」
 ショルダーストラップ付のブリーフケースを肩から斜めがけにしたスーツ姿の男が、片手をあげて凛乃に焦点を定めていた。
 右下を見下ろすと、凛乃から笑みがかき消えて、噛むように口唇を結んでいる。
 探るような声かけから考えても、男のほうも歓迎されない自覚はあるらしい。凛乃は「どうも」とだけ応じて、あからさまに視線をはずした。
「もう養ってもらえてんだな。よかった」
 そのことばが届くと同時に、凛乃の顔が真っ赤に染まった。なにかを抑え込むように、でもこらえきれずに、顎がふるえている。
 そのまま直角に身体を回転させて目の前を走りぬけようとする凛乃を、累は左腕で抱きとめた。そのときはじめてこちらを見た男を、真正面から見据える。
「そういう一方的なものじゃない。お互いがいないと困る」
 累が答えたのが予想外だったのか、男は絶句した。
 累は凛乃を引き留めた腕を浮かせて、男を押しのけるように凛乃とのあいだに廻りこむ。遠心力で、累の紙袋が男の手元の塩ビバッグめがけてぶつかった。丸めたポスターを何本もつっこまれてぱんぱんにふくれたそれは、びくともしなかった。
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