北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅰ
「ありがたいですけど、ハイって言ったら職務放棄ですよね」
「いまは仕事じゃない。おれの用事につきあってもらってるだけ。夕飯も」
「プライベートかぁ。雇い主の都合で午後半休ののち、たまたま同じ場所で外食すると」
 自分に言い聞かせるようにブツブツ言っている。ただいっしょに外で夕食をとるために、それだけの言い訳を必要とすることに、累は歯がみした。
 いますぐ凛乃が顎に当てているグーをつかんで、「これはデートだから」とでも言ったら、どんな反応をするだろう。
「累さんはゆっくり食べたいですか? さらっと胃に入ればいいですか」
 累の揺れに気づかないふうで、凛乃が二択を挙げる。
「ゆっくりがいい」 
「1階はファストフードとかファミレス系みたいなので、落ち着きを求めるなら3階ですかね」
「うん」
「じゃあエスカレータ通り過ぎちゃったから……」
 そうしてふたりで同じ方を向いたとき、凛乃の足だけが止まった。
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