最後のキスが忘れられなくて
半年前に周一から告白された日は

秋の涼しさが待ち遠しい残暑が続く夏の終わりだった。

その日も外為のフロアは静かではなく

私は自分のブースのデスクで

輸出部門から途切れなく届く着信メールを

担当別に振り分ける転送作業に両手が忙しかった。

とにかく2時間以上は息をつく暇もない。

各担当が午後イチに取引銀行とコンタクトできるよう

朝一から昼前までかかるこのルーチンワークを完了させなければならない。

さばき切れない件数の日は当然チーム全員ランチ抜きとなる。

「岸本さん、終わりそう?」

チームのリーダーアッコ先輩の声があがった。

「はい、あと20件です。」

「良かった、ランチに行けるわね。」

「はい。」

毎日声掛けしてくれるリーダーや

チーム内の他のスタッフと支え合いながらの業務は

正社員ではない契約社員の私にとって

最良の評価をつけられる職場である。

「最後の5件、私やっちゃいますね。」

そう言ってくれたのはサブリーダーの和子先輩だ。

「ありがとうございます。」

正午15分前にバックアップも完了した。

「皆、今日も朝からお疲れさま。ゆっくりランチしてね。午後も頑張りましょう。」

「はーい!」

私もPCをログオフして席を立った。

「岸本さん、ちょっといいかしら?」

「あ、はい。」

アッコ先輩に呼ばれた。

私はリーダーのデスクの横で疲れた眼をショボショボさせて何だろうと思った。

他のスタッフはカフェテリアへ向かい誰もいないようだ。

「小田周一って岸本さんの幼なじみって聞いたけど、そうなの?」

「周一?はい、そうですけど。」

「ふーん。」

「あの、周一が何かしましたでしょうか?」

女癖が悪いとまではいかないが女友達が多すぎるのは事実だ。

「んー、ちょっとこの間彼と飲んだから。」

「そうですか。」

「岸本さんは彼と飲みに行ったりしないのかしら?」

「私は飲めませんので行ったことはないです。」

「あら、そうだったわね。飲めない派だったわね。」

「はい。」

周一とアッコ先輩がどういうつながりなのか私には考えつかなかった。

「別に何でもないから大丈夫よ。」

「そうですか。良かったです。」

「お昼過ぎちゃってごめんなさいね。」

「いいえ、行ってきます。」

私はぺこりと軽く会釈してその場を去った。

周一の飲み友達が私のいる部門にまで広がっていることに

多少なりともムッとした気持ちになった。

アッコ先輩は私にとって上司にあたる立場である。

それが心に引っかかって何かしら良くない感じがぬぐえない。

深く考えないようにしようと思った。

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