瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 あの頃、予想した未来とは違うものになった。まさかレーネが短剣をこちらに向けるのではなく、自身に突き立てさせようとしているとは思ってもみなかった。

 それはレーネも同じで、互いに思い合っていたからこそ本音が伝えられなかった。

「お前を一日たりとも忘れたことはなかった。あの日から……」

 まだ現状が理解できず、混乱しているレーネにクラウスは穏やかに言い聞かせる。

「ずっと探していた。レーネがどういうつもりでも、必ず見つけだして……会いたかった」

 鉄紺の瞳が細められ、レーネは目の奥が熱くなり呼吸さえ止まりそうになる。彼の言葉ひとつひとつがしっかりと心に沁みて魂までも揺さぶる。

「ごめん、なさっ。私のせいで、ずっと……ごめっ」

 葉を滑り落ちる雨音が耳につき、地面の土は次第に斑模様になっていく。髪に、顔に、体に水滴の冷たさを感じ感じる。

 自分の運命を背負わせたのを含め、出会ったときから騙す形になっていたことも挙げだしたらきりがない。

 申し訳なくて、苦しくて、罪悪感に押し潰されそうになる。とはいえ、それを伝えるのはエゴだと口にはしなかった。

 自分の気持ちはいらない。彼からの短剣をただ受け止めればいいと言い聞かせてきた。

「謝るな。こちらこそお前の気持ちに気づいてやれなくて悪かった」

 小さい子どもをあやすかのごとく優しく頭を撫でられ、このときレーネは初めてクラウスに触れられるのを身構えずに受け入れられた。
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