瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 長い間、張り詰めていた気が緩み、涙がこぼれそうになるのを必死に我慢する。すると目尻にそっと唇が寄せられた。

「ほら、帰るぞ。雨も降ってきたうえ、これ以上ここにいるとあいつらが探しにくる。タリアも心配していた」

 打って変わっていつもの調子でクラウスは告げた。幼馴染み兼アードラーのふたりの顔を思い浮かべ、軽く息を吐く。

 レーネとしては素直に頷いていいのか迷うところだ。互いの心の内がわかったとはいえ、問題はなにも解決していない。

「で、でも、私は……」

「反論は聞かない。もう二度とお前を手放さないと決めたんだ」

 レーネの返事を待たずして、クラウスは彼女を抱き上げる。抵抗する間もなくレーネの体は宙に浮き、必然的にバランスをとろうと彼の首にしがみついた。

「それに夫をおいてどこに行くつもりだ。国王陛下が妻に逃げられたとなると、それこそ妙な噂や不信感を呼ぶんじゃないのか?」

 いつかの台詞を茶目っ気混じりに返され、レーネは一瞬、言葉を失う。

 城からそう遠くないとはいえ雨脚が強くなれば面倒だ。さっさと歩を進めはじめるクラウスに消え入りそうな声が届く。

「逃げないから下ろして。自分で歩く」

 とっさに無視しようとも思ったが、レーネの面持ちは真剣そのものだ。クラウスは迷いながらもレーネをゆっくりと下ろし、自分の外套を脱いでレーネにかける。

 続けて素早く肩を抱こうとしたが、その前にレーネがクラウスの手を取った。
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