瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 レーネの意外な行動に目を丸くしていると彼女は改めて両手でクラウスの手そっと握る。そしてレーネは顔を上げしっかりと目線を合わせてから、ふっと微笑んだ。

「自分で歩くから……歩いていいのかな。あなたの隣を」

 身を潜めて、誰かの陰に隠れて生きてきた。何度も早く終わってほしいと思う生き方ばかりだった。でも今は、少しでも長く生きたいと心から思う。

「私と一緒に生きてくれる?」

 こんな気持ちは初めてだ。今なら、口にしてはっきりと願える。

 クラウスは大きく目を見張り、続けて切なげに顔を歪めながらも微笑む。いつもの含んだものではなく穏やかな優しい笑顔だ。

 それを見てレーネの中でなにかが込み上げてくる。言葉を発する前に痛いくらい力強く抱きしめられた。呼吸さえままならない。

 けれど離してほしいとは思わない。冷たい雨も、クラウスの温もりも今レーネがここに生きているのだと実感させてくれるものだった。

 雨はそこまで激しく降りはしなかったが、長い間外にいたためクラウスもレーネもすっかり濡れていた。湿り気を帯びた衣服はどうしても重い。

 シンプルなドレスとはいえ裾は足元まで覆い、歩みを阻む。体温は奪われていく一方だが繫いでる手の感触がレーネの心を落ち着かせた。

 ところが正面の城門からではなく隠し通路を使って中に戻る際に、不意に不安に駆られる。

 国王が城を抜け出したうえ、こんな状態で戻ったとなったら大騒ぎになるのではないか。すでに騒動になっている可能性もある。
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