瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 驚いた面持ちのレーネをよく見れば、息が上がっているのも、瞳が潤んでいるのものぼせかけているからだ。

 これはこれで艶めかしい姿ではあるので悩ましいところではあるが、レーネの体調が最優先だ。

 クラウスはレーネを強く抱きしめると、ごく自然と引き寄せられ、彼女の白い首筋に唇を寄せる。そのまま舌を這わせると、さすがにレーネが身動ぎした。

「な、なんでいつも首にキスするの?」

 わずかに距離をとったレーネが、庇うように首筋を手で覆う。

「さぁ? 本能じゃないか」

 しれっと返されたが、全然納得できない。不満げなレーネをよそにクラウスは濡れている彼女前髪を指先で掬い上げ、額に口づける。

 目をぱちくりとさせるレーネに余裕たっぷりに微笑み、出るようにと促した。体も十分に温まっているので文句もない。レーネはおとなしく従い、先に浴槽から出ようとした。

 だが、その前にレーネはクラウスに改めて向き直る。

「クラウス」

 名前を呼ばれ、レーネに意識を向けると彼女はしばし迷う素振りを見せた後、柔らかく笑った。

「ありがとう」

 レーネは今度こそさっさと浴槽を後にする。残されたクラウスは大きくため息をついた。最後にとんだ不意打ちだ。

 これが計算しての行動ならたいしたものだが、そうではないのがレーネの怖いところだ。彼女を前にすると理性も余裕もなくなる。

 結局、昔からレーネには敵わない。どんなに時が経ってもこの力関係は不変らしい。おそらくこの先も……。

 それも悪くはない。クラウスは微かに笑みを浮かべ、滴が垂れる髪を搔き上げた。
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