瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「勝手よ、そんなの」

 声が震えて、目の奥が熱い。クラウスを責める資格がないのも理解しているが、今のレーネにはこう返すのが精一杯だ。

「お前には言われたくないな」

 案の定、クラウスは反論するが言葉とは裏腹に彼の声は優しかった。そっとレーネに口づけ、ふたりの視線は至近距離で交わる。

「愛している。この命を懸けるほどに」

 どれほど長く心の内に仕舞いこんでいたのか。伝えたくて、けれど伝えれば短剣を向けるレーネの決意をさらに鈍らせると思った。

 彼女に余計な情を抱かせないためにも嫌われて憎まれたほうがいい。それが今、ようやく本人を前に自分の気持ちを口に出せた。

 ところがレーネは泣き出しそうな表情で小さく首を横に振る。

「……わからない。私、愛も恋もわからないの」

 囁きにも似た告白は悲痛な叫びだった。

 気づけば神子として、片眼異色の外見も合わさりレーネはずっと特別な存在として扱われてきた。

 優しくされることが、求められることが愛なのか。それは自分が普通の人間とは違っていたからではないのか。わからない。

 クラウスの気持ちは嬉しい。けれど純粋に喜べないのも事実だ。同じものをきっと彼には返せない。

 普通に生きていれば、当然のように知っていくであろう愛を、こんな運命を背負ったばかりに一番遠いものになってしまった。すべては自業自得だ。

 レーネは唇を噛みしめ、クラウスを見遣る。つらそうな顔をしている彼に、必死に笑顔を作った。
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