瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「でも、私もあなたのためならなんでもできる。あなたに幸せになってほしいから。それが今の私の一番の願いよ」

 クラウスに短剣を突き立てられてもいいと覚悟できていたのは、巻き込んでしまった罪悪感が大きかったからだ。とはいえ、それだけではない。

 自分と同じ苦しみを背負わせたくなくて、幸せになってほしかった。それを願うのがエゴだとしても、叶えたかった。

「私を月に喩えてくれたけれど、私にとっての月はあなたよ」

 真っ暗で終わりの見えない夜を穏やかに照らしてくれる。繰り返される神子の人生に生きるのを諦めていたとき、レーネと名前を与えて、変わるきっかけをくれた。

 蓄積された記憶の中で、彼みたいな存在は初めてだった。きっとこれからも現れない。

 レーネなりに自分の正直な想いを必死に伝える。すると今まで黙って話を聞いていたクラウスは大きく息を吐いた。

 彼の反応の意味がわからずにいると、突然強く抱きしめられる。

「どうしてお前はいつも人のことばかりなんだ。欲しいものは欲しがればいい。自分の幸せを望んでなにが悪い」

 怒気を孕んだ声色にレーネは目を見開く。すると回されていた腕がゆっくりとほどかれ、クラウスはレーネの右手を取ると、自分の頬へと添えさせた。

「いいんだ。手を伸ばして、欲しがったら。言ったはずだ、レーネの願いは全部叶えてやる」

 懇願にも似た物言いで、触れた箇所から伝わる体温はレーネの中で長い間凍りついていた部分を溶かしていく。
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