瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「抱くわけありません。彼女は、フューリエンは偉大なる指導者などではない。王家を裏切り、長きにわたる厄災をもたらした忌むべき存在なのですから」

 小さく枯れた声は、静かすぎる書物庫のおかげではっきりと聞き取れた。聞き間違いを疑う余地もない。

 スヴェンもライラも目を見開いて固まった。濁りかけているバルドの瞳に強い憎しみの炎が揺らめく。

「彼女がけっして逃げられないように彼女の特徴だった片眼異色も取り入れ、伝承は王家の体面を保つために後から改変されたのです」

 徐々にバルドの声が大きくなる。興奮し、彼の血の気のない顔が怒気で赤く染まっていく。

「我が一族は代々王家に仕え、他言無用でその真実を語り継いでまいりました」

 そこで不意に彼の表情が穏やかになり恍惚さを湛えだした。

「ですが、ようやく報われるときがきた。長年の苦しみと共にフューリエンにすべてを返し、終わらせる。陛下の結婚はそういうことです。ご本人もすべて承知の上ですよ」

 スヴェンもライラも言葉を失う。そんな彼らにバルドは再度、フューリエンや国王の結婚について首を突っこまないよう忠告し、闇の中へと消えていった。

 聞かされた話はどこまで本当なのか。状況が把握できずふらつきそうになるライラをスヴェンが力強く支えた。

「フューリエンは……忌むべき存在なの?」

 バルドの言葉を頭の中で反芻(はんすう)する。今は片眼異色ではないにしろ、ライラにとってフューリエンは他人事ではない。肩を震わせるライラをスヴェンが抱きしめた。

「ライラはライラだ。なにも心配しなくていい」

 落ち着かせる声色と大きな手のひらの温もりにライラは泣きそうになる。その一方でスヴェンも情報を整理しようと必死だった。

 完全に日が落ちたのか、書物庫の中は肌寒さを伴う晦冥(かいめい)に包まれていった。
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