瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 去年の秋からエアトタイル大陸全土にわたり、どこも農作物が不作だ。農作物が穫れなければ、それらを餌とする家畜も育たない。

 厳しい冬を越えた今も飢饉(ききん)に陥る地域が少なくはなかった。

 この広大な大陸を統治していた王は身内がいないこともあり、自身の死期を悟ると仕えていた者共に土地を分割して与え、その統治権を委ねた。

 その翌年がこれだ。領主となった元家臣共は対策に頭を悩ませていた。

「領主さま、前年に保管していた食糧も底を尽きかけています」

 エアトタイル大陸のほぼ中心部に位置するこの地では若き青年が領主を務めていた。年は二十五になり、年齢のわりに落ち着き払った雰囲気を纏っている。

 事実、彼は聡明で見目も麗しく王からも一目置かれていた。あえて大陸の中心部の領地を与えたのは、周囲の者たちと上手くやる器量の良さも見込まれてのことだ。

 わずかに青みを帯びた黒髪に、鉄紺の瞳。切れ長で眼差しが鋭く、端正な顔立ちが威厳に拍車をかける。

 年長者に対しても物怖じせず、かといって自分の立場にあぐらをかくこともない。

「隣地がかろうじてまだ余裕があるらしいが、そちらもそろそろ厳しそうだ」

 ひとまず保管している食糧の状況を正確に把握するよう伝え、彼は次の行動に移そうとする。そのときだった。見かけない顔の少女が、少し離れた場所からこちらを見ている。

 少女の外見はなかなか印象深かった。煉瓦色のローブにすっぽり身を包み、頭にもフードをかぶっている。
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