瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「クヴィーク」

 領主が尋ねる前に少女が端的に告げる。聞いたことのない名前に領主の不信感が強まっていると彼女が続けた。

「これを不作続きの土地に植えなさい。二十日で芽を出すから、それらをすべて引き抜きよく土を耕した後でまた作物を育ててみるといい」

 領主にとって半信半疑だが、とりあえず手を差し出してみる。彼の大きな手のひらの上に細長い小さな種が降り注いだ。

「この不作の原因は天候でも神の怒りでもなんでもない。土が痩せているだけ。クヴィークは雑草に似ているけれど、土に栄養を与えてくれるから」

 説明を一方的に終えると少女はくるりと踵を返す。

「おい」

 領主は我に返り少女に声をかける。すると彼女は軽く振り向き口角を上げた。

「頑張ってくださいね、領主さま」

 そう言い残し彼女は走り去る。向かう先は森だ。あそこに人は住んでおらず獣も多い。

 続けて声をかけようとしたが、別の者に話しかけられる。狐につままれるとはまさにこのことか。

 彼女は何者で、どこからやってきたのか。片目を隠していた理由、この種の出所は……。あれこれ考え出すときりがない。

 すべてが幻だったのかと疑いたくなるほとだが、手の中にある種の存在が少女が実在したことを証明していた。

 少女は、神子は森で落ち合う約束をしていたカインの元へ急ぐ。その胸はいつも以上に弾んでいた。

 見つけたかもしれない。この力を渡すのに相応しい者を。
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