瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 夏の訪れを感じる若葉が芽吹き、あの出会いから一ヶ月半経つ頃、少女は再び領主の前に姿を現した。

 やはり森の近くで、以前とまったく同じ姿の彼女に今度は領主自ら駆け寄る。

「この前もらった種は本当に土を肥やす作用があったんだな」

「これで今年の冬は心配しなくていいでしょう」

 前置きがない会話を交わした後、領主が一拍間を空ける。

「……名前は?」

 その問いに少女の右目が意外そうに見開かれる。答えない彼女に気を利かせてか領主が言葉を続けた。

「俺はゲオルク・アルント。お前は? ここの領地の者ではないようだが……」

 少女が返答に悩む素振りを見せていると、一陣の風が吹きぬけ、森の木々を揺らした。葉擦れの音が風の力強さを物語り、少女のかぶっていたフードもめくれ上がって長い髪が風に舞う。

 風が止んで少女を見ると、彼女は自分の左目を押さえていた。ゲオルクはすぐに彼女の元に歩み寄る。

「どうした、今の風で目に異物でも入ったか?」

「平、気」

 素っ気なく返したものの声には苦痛さが滲んでいる。

「見せてみろ」

 ゲオルクは呆れた声で少女の細い手首を掴んだ。ところが相手が必死に力を込め、拒絶しているのが伝わってくる。

 それを無視して彼は彼女の目から手をどかせた。

 我ながら強引だと思う。なにをここまで躍起になっているのか。望み通り放っておけばいい。
少なくとも自ら他者と進んで関わりを持つタイプでもないのに。

「嫌っ!」

 少女の悲痛な叫びで我に返り、次に目に飛び込んできた光景に息を呑む。
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