瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 広すぎる中庭が必要なのかと思ったが、レーネが譲らなかった。結果的に反対側までよく見通せ、人の動きもよくわかる。

 非常時には事態を把握しやすく脱出ルートも確保しやすいとの話だった。城の(あるじ)であるゲオルクの部屋が最奥だからこそ、袋のねずみにならないための配慮か。

 そのほかにもレーネは城から抜ける隠し扉をいくつか設けるよう指示していた。

 本当に何者なのか。彼女はどうして自分をそこまで王にしたがるのか。

 レーネ自身こそ、権力や富などに一切興味を示さない。名声が欲しいならわざわざゲオルクを隠れ蓑にはしないだろう。

 穏やかな風がそよぎ、花の甘い香りが鼻を掠める。蝶がひらひらと舞い長閑(のどか)そのものだった。ゲオルクは薬草園のそばに歩を進める。

「レーネ」

 遠目から呼びかけると、茂みに横たわっていた存在がわずかに動いた。彼はそこに大股で近づく。

「なにをしているんだ、こんなところで」

 ゲオルクが影になり、レーネの視界を遮る。頭の近くに立った彼は、大胆に草むらに仰向けになっているレーネに問いかけた。

 レーネの右手には黄金色の短剣が握られており、彼女はそれを確かめるように眺めているところだった。ゲオルクも何度か見かけたことがある。

「いつも持ち歩いているんだな、護身用か」

 尋ねるとレーネの瞳がわずかに見開かれる。相変わらず左目を隠したまま、ややあって彼女は右目をわずかに細めた。

「お守り、なの。私の願いを叶えてくれる」

 おっとりとした口調のレーネにゲオルクは肩をすくめた。レーネはゆるやかに上半身を起こすと表情をぱっと切り替える。
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