瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「話は済んだ?」

「とんだ時間の無駄だった」

 端的に答え、ゲオルクはレーネの隣に腰を下ろす。ほぼ無意識の行動だったが、思えばこうやって他人の前でくつろぐのは元々性に合わなかったはずだ。

 それをいつのまに彼女にはここまで心を許すようになったのか。

 たいてい自分に近づく人間は、その後ろにある肩書や立場、損得を考えて振る舞ってくる。それは城仕えをしていたときからだ。

 けれどレーネの態度は出会ったときから一貫していた。気ままにゲオルクについて質問し、そこには遠慮などない。

 だからゲオルクも答えたくないものには反応を示さないし、あれこれ深読みしなくてすむ。たまにレーネの知識と経験談に驚かされるが、なんでもない会話に心が落ち着く。

 レーネの前では気を張らずにいられる。この居心地のよさは他の者には感じられなかった。

 ゲオルクの葛藤など知る由もなくレーネは眉尻を下げて苦笑する。 

「あなたにとって時間は有限なものだからそれは残念ね」

 今の言葉をどう捉えればいいのか。ときどきレーネの発言の意味がわからない。そもそも一年ほど彼女と一緒にいてもゲオルクはレーネのことをなにも知らない。

 年は十七でこの冬で十八になるとは聞いた。だがそれだけだ。生まれた場所も育った場所も、家庭環境も。

 『レーネ』と呼び始め定着しつつあるが、彼女の本当の名前も知らない。

「まるで、自分は時間が無限にあるような言い方だな」

 揚げ足をとってみるつもりの軽い気持ちだった。ところがレーネはなにかが突き刺さったかのごとく顔を強張らせる。ますます理解できずにいると彼女が無理矢理笑った。
< 86 / 153 >

この作品をシェア

pagetop