瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 不意に自分の近しい人間の囁きが蘇る。

 彼女は普通の人間ではない。人智を超えた力を持ち、幾度となく奇跡を起こしてきた。未来を予言し、的中させ、人の心を読み、根治不可能とされていた病や怪我をも癒す。そばにいるだけで幸運や富、成功をもたらす。

 (ゲオルク)彼女(レーネ)を手に入れたから今の地位を得たのだ。

 周囲の雑音は不快そのもので、ゲオルクは顔を歪め奥歯を噛みしめる。

 レーネのおかげと言われるのが腹立たしいわけではない。現にゲオルクが今の立場にいるのは、レーネの功績が大きいのも事実だ。

 そこではない。どうして誰も彼もが彼女を特別視するのか。

『魔女か聖女の化身ではないかと』

 馬鹿らしい。レーネは普通の人間だ。この一年そばにいてそれだけはわかる。怪我もするし、体調も崩したりする。髪も伸びて、出会った頃よりも大人びた。

 ゲオルクは淀む気持ちを切り替える。

「そんなに楽しみなのか?」

 迎冬会の話だ。レーネはきょとんとした面持ちになった後、省略されていた言葉を理解し、大きく頷いた。

「もちろん。あなたに素敵な伴侶が見つかるように願っているわ」

 これに面食らったのはゲオルクだ。まさかレーネにそのような目論見があったとは思ってもみなかった。

「興味……ないな」

 平常心を装って答えると、レーネが途端に口を尖らせる。

「そんなこと言わない! あらゆるところから娘や縁者だの年頃の女性を紹介されているのに、あなた見向きもしないじゃない」

「今は、そんな気はない」

 ぶっきらぼうな返答は、対照的にレーネをさらに熱くさせる。
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