愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
「やっぱり俺、川上さんがいいなぁ」
「…っ!?」
瀬野は何度も私の邪魔をする。
さりげなく隣にやってきたかと思うと、私にしか聞こえない声の大きさで話始めるのだ。
「ずっと声をかけようか迷っていたんだけど…悩む暇があるなら声かければ良かった」
「瀬野くん、何の話をしているの?」
「川上さん、いつふたりで会おうか?」
望んでいない誘いの言葉を口にされる。
ついに最悪なパターンがやってきてしまった。
弱みを握られている以上、断れないのだ。
それにもし断れば、今この場でバラされる恐れだってある。
「ふ、冬休みの宿題でもしに学校に来る…?」
「学校だったら俺、ホテルがいいなぁ。
それか川上さんの家…」
「このベルもかわいいね!
音が鳴るんだぁ」
わざと大きめの声で瀬野に手のひらサイズのベルを見せる。
ここは無理矢理話題を変えるほかない。
「…本当だ、綺麗な音だね」
「うん!何だかクリスマスっぽくなってきたね」
相手の笑顔を誘うようにして自分も笑う。
目の前の男は本当に面倒だ。
何より扱いが難しい。
何とか話題を変えることに成功したものの、瀬野は依然として爽やかな笑みを崩さない。
余裕たっぷりな表情である。
「川上さん、俺から逃げられないってことを忘れないでね。また後で、この話の続きをしようか」
柔らかな声で脅しの言葉を口にしたかと思うと。
逃げられないよう私を縛って、それから自分もツリーの飾り付けを再開する。
本当にうざい、最悪、何だこいつは。
自分の思うがままに私を動かしてくる。
それでも笑顔を崩さないのは、言い返さないのは。
自分が今、表を演じているからだ。
大丈夫、ここで素を見せてたまるか。
ボロを見せるわけにはいかないのだ。
そう心で強く思い直した私は、睨みたい気持ちを抑えてツリーの飾り付けを手早く進めた。