愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜
「賢いね、本当」
「“瀬野くん”には負けるよ」
だからこそ、もう二度と関わりたくない。
そろそろ駅も近づいてきたため、口の悪さを直す。
もうふたりの関係に終わりが見えてきた。
「あーあ、もう終わりかぁ。
心地良い時間は一瞬で過ぎるね」
「…地獄のような時間の間違いかな」
いけない、とはわかっているけれど。
つい本心をぶつけてしまう。
笑顔のまま返しているだけマシだと思いたい。
「俺は嬉しかったよ、川上さんと関われて。
あの日声をかけたこと、俺は後悔してないかな」
今度は諦めてスルーすることにした。
じゃないとまた言い返してしまいそうだ。
私は後悔しか残っていない。
どうかあの日に戻って欲しいと願うほど。
「ねぇ、次はいつふたりで会える?」
耳元に顔を寄せて。
私にだけ聞こえるような声で囁くように。
甘く誘うような声に、思わず肩が跳ねてしまう。
不覚にもドキッとしてしまう。
またふたりで会えば、あんな風にキスされたり迫られたりするのだろうか…なんて、何を考えているんだ自分。
「あ、もしかして期待した?」
「…っ」
思わず瀬野を突き放しそうになったけれど、手首を握られてそれを制されてしまう。
「乱暴だな、本当に」
「うるさい…」
なるべく小さな声で抵抗する。
周りを気にしてしまい、あまり大きな声を出せないけれど。
なんとか瀬野から離れて厳戒態勢に入る。
彼は危険人物だ、容易に近づくべきではないと。
さすがの瀬野も諦めてくれたのか、ようやく距離を取ってくれた。