16歳、きみと一生に一度の恋をする。
週明けの月曜日。母さんはなんにもなかったかのように朝食の準備をしていた。
「あなた、目玉焼きが少し半熟になっちゃったんだけどいいかしら?」
「ああ、大丈夫だよ」
一彦さんもまたいつもの定位置に座り、コーヒーを飲んでいる。
昨日、俺と母さんがこのリビングであんなやり取りをしていたなんて、この人は夢にも思っていない。
そのあと学校に着いて、俺は自分のクラスではなく、汐里のクラスへと向かっていた。
汐里は冨山と話していた。昨日ずっと一緒にいたっていうのに、彼女のことがひどく遠くに感じてしまう。
「ちょっと、いい?」
声をかけると、汐里はさほど驚かなかった。まるで俺が来ることを予想していたように。
人目を避けるようにして、教室から階段下へと移動する。用具入れのロッカーが置かれているだけのスペースは狭いけれど、周りからは死角になっていた。
「昨日はごめん」
「……べつに晃が仕組んで鉢合わせをさせたわけじゃないでしょ?」
「それでも、ごめん」
母さんと会ってしまったことで、彼女のことをまた傷つけてしまったことは痛いほど理解していた。すると、汐里は切なそうに眉毛を下げる。
「なんか私たちって、謝ってばっかりだよね」
「……え?」
「やっぱり私と晃は、親しくしないほうがいいと思う」
当たり前のことを言われただけなのに、目の前が真っ白になっていくようで、返事をすることもできない。
汐里のことをこれ以上苦しませたくない。そう思った時――スッと足の力が抜けた。
思わずガタッと、後ろのローカーに持たれかかる。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
汐里がとっさに手を貸しくれた。
なんだかすげえカッコ悪くて、情けなくて、呼び出したのは俺なのに、今は彼女の瞳に映りたくない。
「ああ、平気だよ。そろそろチャイムが鳴る。教室に戻ろう」
俺は必死に平然を装った。
汐里のことを支えたいのに、俺は支える側にしかなれないんだと思うと、無償に泣きたくなった。